富士山の頂上まで行けた人、行けなかった人。(頂上まで行けなかった理由)

富士山の頂上までたどり着けずに残念ながら途中下山。登れなかった人には共通の傾向があります。登れなかった理由と、登るための対策をまとめました。

2019年8月 三つ峠山から見た夏富士

富士山は「特別」な山?

富士山の登山シーズンも終わりました。この夏、富士山を目指された方も多くいらっしゃったのではないでしょうか?
富士山は特別な山。「日本人なら一度は登りたい」と言われます。特別なのはその気持ちの面だけでなく、富士山という山の特性にもあります。
①標高が高い
②コースタイムが長い
③直射日光や風を防げる樹林帯がない
④登山渋滞の発生など、富士山の登山環境
これらだけでも、富士登山は日本国内ではなかなか見られない特別な存在の山と言えます。

富士山頂火口と最高峰剣ヶ峰

①標高が高い

最高標高点の剣ヶ峰は3,776mですが、富士登山での一般的な「頂上」はそれよりも低い10合目の鳥居付近を指します。それでも3,700m程の高さ。初めて富士山を目指す方にとって、3,000mを超える標高が初体験だった方も多かったのではなかったでしょうか?

標高が高い山に登る時のリスクに「 高山病 」があります。

高山病の初期の症状は、だるさ(披露・脱力)から始まり、やがて食欲不振(胃腸症状)につながります。登山中、行動食が食べられなくなったら黄色信号。昼食・夕食すら食べられなくなったら既に赤信号です。富士山の標高差は1,400m。多大な体力を必要とする富士山に無補給で登ることはほぼ不可能です。仮に頂上まで登れてたとしても、下りはバテバテ。下山に異常な程時間を要してしまいます。

パルスオキシメーターで血中酸素飽和度と脈拍を調べることができる。平時の値と登山前、登山中こまめに測ることで、体調の異変をチェック。

高山病の症状が進行すると、ふらつき・めまい、頭痛、吐き気の症状が出てきます。そのまま放置して登り続ければ、いずれ我慢できない程の頭痛となり、やがて食べた物を吐き出したりします。また富士登山中、山小屋で宿泊される人であれば「一睡もできなかった」という睡眠障害も特徴です。
ここまでの症状になる前に下山を勧めたいところです。下山をすれば初期の高山病の症状はほとんどなくなるからです。

しかし、「せっかく来たのだから」、「もう少し様子を見る」と登り続けたり、また「しばらく休憩する」と言い休息をとる方が多いのも実情。登山者の気持ち、わかります。

ただ、7合目付近で高山病の症状が出始め8合目では複数、しかも強く出てしまっているようでは、頂上までたどり着くことは難しいでしょう。途中の山小屋で宿泊し睡眠をとっても、目覚めた頃には更に悪化していることが多いです。それは睡眠時に呼吸が浅くなり、血中酸素濃度が更に低下するからです。

*高山病を防ぐ歩き方は別途記事を掲載します。

富士山頂からの絶景 この光景を見るためには・・・

②コースタイムが長い

標準コースタイムでも登り6時間、下り3時間。途中の休憩時間や頂上での滞在時間を含めると、山中での滞在時間は軽く10時間を超えます。高山病症状が出ていながら無理して登山を継続する人もいますが、症状がますます悪化すれば更に長い休憩、行動の鈍化から下山までに24時間以上要することも。

『初めて』富士登山をチャレンジする人にとって、これほどのコースタイムや標高差の山を登ったことがある方は少ないと思います。となれば、富士登山は未曽有の苦行体験となります。

「かけがえのない特別な体験」といえばその通りかもしれません。とはいえ、やはり無事下山が最優先。計画した日に帰宅できること。翌朝は仕事を休むことがない程度に無理のない登山を楽しむことが大事たと思います。

7合目手前から見上げる富士山。富士山の特長であるなだらかな裾野の姿はなく、高低差の激しい山の姿が見られる。

コースタイムが長い登山を成功させるためには、まず体力が必要。更に、登山を継続させるための基本的な「歩行技術」も必要です。
・足が攣ってしまう
・膝が痛くて前に進めなくなってしまう
体力が残っていても、足を攣ってしまい登頂を断念というケースが富士登山には多いです。メンバーや天気にもよりますが、経験上、20人のお客様を引率すれば、1・2名は出ます。

登りの時には足が攣る方が続出しますが、下りになると膝が痛いと訴える方が激増します。

登りのトラブルは登頂を断念して小屋で休んだり泊まったりすれば、頂上に登れなくとも何とか下山することはできます。しかし頂上まで登り切った後の下りの膝痛(しっつう)は厄介。歩みが極端に遅くなります。同じパーティーの皆様も最初は膝痛者のペースを合わせてくれるのですが、4~5時間の長丁場ともなるとそのスローペースに我慢できなくなり、いつしか膝痛に苦しむ人を次々に追い越してしまいます。
膝痛者がパーティーの最後尾まで下がってしまえばあとは自然に間隔が広がっていきます。5分差がいつの間にか30分差。そして5合目に着く頃には1時間以上の差がでることも。(登山ガイドツアーでは単独で下山させることはなくサブガイドが同行します)

ツアー登山でない個人登山の話。山中でバーティーが分解。膝痛者が半日遅れて下山したり翌日下山したり。なんて例はよく耳にします。

富士山は登山レベルで言えば「中級」クラスに属します。登山初心者が初めて登る山には厳しく、天候に恵まれなければ登頂にはかなりの苦難を強いられます。
できれば富士登山までに初級レベルの数多くの山に登っておき、体力、技術、装備を高めておき、満を持して富士山頂をアタックすることをお勧めします。

初めての富士登山の前に登るべき山①
初めての富士登山の前に登るべき山② (富士山一合目から五合目)

膝痛を抱える人は膝サポーターを必ず持参してください。膝痛持ちかどうかがわからない人は事前に安全で易しい山で自分の膝の強度を確かめておくことをお勧めします。


③直射日光や風を防げる樹林帯がない

初中級レベルの山のほとんどは木々に囲まれた樹林帯を歩くコースが中心です。風が吹いても木々が風の威力を減らしてくれたり、直射日光も優しい木漏れ日に変えたりしてくれたりします。
しかし富士山の登山道はどれも樹林帯が終わる森林限界付近からのスタートとなります。
晴れ渡る日は終日直射日光にさらされ、風が強い日は終日強風に。雨の日は同時に様々な方向からの風も発生するため、雨が上から横から下からと雨具の隙間を狙うように登山者を襲ってきます。

富士吉田コース 6合目からのジグザグルート。単調な道が続く。
8合目付近では岩場が現れる。ここは渋滞のメッカでもある。

■熱中症
■低体温症
どちらも重篤な症状になる前に、登山者が自ら小屋に立ち寄ったり、救護を受けたりしているため、大きな遭難には発展しませんが、この二つも登頂を断念する原因に挙げられます。
これらは高山病の次に多いケースです。

■熱中症
気温の高低に関わらず、額から汗を流すほどの厚着で登り続ける方。日焼けを気にしてかタオルをマフラーのように首に巻き、タオルの両端を上着の内側に入れ、ジッパーを一番上まで上げる方。時期や気象によってはそれが快適な時もありますが、しかし汗が雫となって流れ落ちるほどであれば、完全にオーバーヒート状態です。上着を脱ぐなりジッパーを下げるなり、タオルを外して首元をさらけ出し、風通しを確保したりする勇気も必要です。

登山で最適なペースは汗をかかないペース。汗で肌着が濡れる程であればオーバーペースであることが多いです。登山者の体力によってそのペースは異なりますが、基本は「汗をかかない」こと。
しかし、直射日光を遮る森林のない富士登山では、この基本ルールを守ることが困難な日もあります。時に無風で雲一つない快晴、湿度も高い、となれば、3,000mを超えた場所ですら炎天下の状態です。この場合は紫外線から肌を守ることよりも風通しを確保して体温の上昇を防ぐ方が登頂確率を高めることに貢献します。

ペースを落とした。Tシャツ1枚になった。それでも汗がぽたぽた垂れる程。そんな日は、水分補給でオーバーヒートを防ぎます。
汗をかいた分、水分だけでなく塩分も適量取り続けます。最適な飲み物はスポーツドリンク。電解質バランスが整ったポカリスエットやアクエリアス。これらを少量、こまめに採り続けることで、熱中症を予防できます。
ここで注意が必要なのは、飲みやすい天然水やお茶を愛飲される方。塩分の無い水分を摂取し続けると、身体の電解質バランスが崩れていきます。結果、足が攣りやすくなったりだるさを感じたり食欲が減退したりします。行動食を塩分の含まれている物をにしたり、塩分タブレットなどをこまめに採りながら水分補給を継続してください。富士山にはトイレがたくさんあります。気にせず水分補給を優先してください。

■低体温症
低体温症は強風・低温によるものと、雨・汗によるものの2つの原因があります。
標高3,000m付近では海岸付近の気温と比べおよそ18度低くなります。仮に東京や静岡が35度の猛暑日であっても、8合目の標高3,000m付近では17度と春先の気温になります。また、風が吹けば風速1m/sにつき体感温度は1度下がります。少し風のある日であれば10m/s程の風は常時吹き続けるので、体感温度は10度以下。冬の気候です。更に汗や雨により衣服が濡れていれば更に寒く感じ、やがて体力の消耗し、短時間で容易に低体温症に陥ります。

【雨の日や風の強い日は富士登山を断念する】

ガイドとしては、このルールを強くお勧めします。もしもそれでも登るつもりであれば、事前に標高の低い低山などで雨の日登山を経験し、登山技術を高めておく必要があります。
「ゴアテックスの雨具を買ったから」といっても、雨具を着るタイミングは難しく、また、雨が降り始め雨具を着ようと思いついても着用するまでに衣服を濡らしてしまったり、更には内側からの汗や、袖・胸元・裾から雨が侵入し体中を濡らしたりと。雨の日登山の技術が伴わなければどんなに高級な雨具を持参していても、高山帯での登山では無力です。

低体温症が進行すると、行動すべてがおっくうになってきます。理性的な判断ができず、危険回避ができなくなってきます。無理して登山を続ければ、いつの間にか重篤な状態に陥る可能性もあります。無理は禁物。悪天候で登山を断念し下山を開始する人が出始めたら、無理をせず同じように下山しましょう。そして別の機会に再度アタックしましょう。

吹きっさらしの富士山ではザックカバーも飛ばされる程の風雨になる日もあります

④登山渋滞の発生など、富士山の登山環境

登山中に渋滞が発生するのは日本では稀。あるとすれば剱岳や槍ヶ岳、穂高岳といった難関ルートの鎖やはしご付近。ところが富士山での渋滞は特に難関ルートでなくても渋滞が発生します。その原因は、登山道のキャパシティを超えた登山者の集中です。

7合目付近の渋滞中に休憩

富士山の登山者数は日本有数。8合目付近に設置したカウンターでの計測では30万人前後が登山シーズンの2か月間に通過しています。8合目に至らずに下山した人たちを合わせれば更に多くの登山者が富士山を目指しています。天候の良い土日やお盆休みシーズンにもなれば渋滞は更に悪化します。渋滞が発生することで登頂確率がどのように低下するのかを説明します。

自分のペースで歩くことができない。これがストレスを増大し、体力を消耗させてしまう。

富士吉田ルートでは7合目の先の岩場、各山小屋の手前で渋滞が発生することが多く、頂上でのご来光を目指す時間帯になると8合目の先、頂上までは完全に歩みが止まるまでに。動いたり止まったりを繰り返すことは、歩き続ける以上に体力が消耗します。同じようなコースタイム、標高差の山では苦も無く歩ける人でも渋滞にハマればかなり辛い山行になってしまいます。
それが風が強い日、雨の日、気温の低い夜間となれば体温の産生もむなしく短時間で低体温症になることも。一方無風でカンカン照りであれば熱中症に。
頂上でのご来光を楽しみにしながら夜間登山を頑張っている人だと「ご来光に間に合うのか?」とハラハラドキドキ、時にイライラ。精神的にも不安定に陥ります。普段の自身のパフォーマンスを十分に引き出せず、何かのきっかけでトラブル発生。登頂断念に至ることも。

夜間登山の渋滞風景。ヘッドライトの光は麓の富士吉田や御殿場からもよく見える程。
夜間の山小屋前ではご来光を目指しながらも力尽きた登山者で通路がふさがることも

富士山の頂上に行けた人、行けなかった人

長いコースタイムでの登山を維持するには、身体をベストコンディションに保ち続けるのが大事なことです。これは登山技術にほかならず、一朝一夕に身に着けることは困難です。
富士登山で見かける登山者は他の山での登山と大きく異なる点があります。富士山には登山が趣味の人ではない人も多く山頂を目指していることです。
10代から20代の若い人や外国人旅行者には一般的な登山者とは異なる行動を取る方もいらっしゃいます。登山技術や装備、計画が圧倒的に劣りながらも、「体力」「気合い」「仲間とのノリ」「後先顧みない勢い」で、一般的な登山者以上のパフォーマンスを引き出し、無謀にも見える登山をしています。結果的に頂上にたどり着いている人も少なくありません。
しかし、山を愛し、今後も長く登山を続けていく登山者には、やはり正攻法でせめていただきたい。登山ガイドとしてそう願います。
同行した人が富士登山を機に登山をやめてしまう。そんな話を聞くこともあります。悲しいことです。無理を強いれば楽しいはずもなく、体調を崩したり、救助を求めて人様に迷惑を掛けたり。このような避けるべきです。

基礎体力をつけ、計画段階から富士登山のリスクを一つずつ減らし、登山中も注意を払いながら安全登山に徹する。これが登頂確率を上げる正攻法です。

富士山頂からのご来光。一生の思い出に。

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