バリエーションルート入門~ジャンダルム登頂への戦略

「国内一般登山道における最難関」「バリエーションルートの入門編」「ロープ無しで登れる最後の課題」

様々な形容がされる西穂高~奥穂高縦走。その途中にはだかる難関峰、ジャンダルムが立ちはだかる。

多くの山やルートを踏破されてきた登山上級者の方がジャンダルムを目指すにあたり、必要とされる登山技術に限らない成功確率を高める戦略・ストラテジーをまとめてみたいと思います。

奥穂高岳山頂から望むジャンダルム

西穂~奥穂縦走ルートの特徴

・標準コースタイムが10時間
・一般に2泊3日の行程。アタック前に山中で前泊を強いられる
・途中、トイレ・山小屋のような補給・避難地点がない
・ペンキ印はあるものの、一般ルートと比べてルート(踏み跡)が不明確
・もろいガレ場が連続する
・足で登る登山と異なり、腕を多用する登攀要素が高い
・難易度としては信州だけでなく国内でも一般ルート最難関

といった特徴があります。

ルート別に山の技術度・体力度を示すグレーディング表。技術的に最も難しいランクEを超えるルートが西穂~奥穂縦走

長時間の体力維持が不可欠のルート

1日の行程で、標準コースタイム(CT)が1日で10時間、というのはメジャールートの中ではそうあるものではありません。核心の2日目だけでなく、穂高岳山荘に到着した翌日も、上高地や新穂高温泉への長い道のりが残されています。

・必要な体力は3日連続の山行に耐えられること
・二日目の「標準CTで10時間」の登りに耐えられること

この2点を必要とします。

◆対策
・10時間を超えるルートを事前に経験をしておく
・3日連続の山行を経験しておく
・雨の日の岩稜帯通過の経験をしておく

行動中に力尽きることのないよう、アタックする前には多くのロングトレイル経験を積んでおく必要があります。

◆アタック前に経験しておきたいルート例
上高地→前穂高岳→穂高岳山荘(泊)→北穂高岳→南岳→槍ヶ岳山荘(泊)→横尾→上高地

上記ルートはグレーディング表の中でも難関ルートを含む長大なルートとなります。ジャンダルムを目指すとなれば予行演習として踏破しておきたいルートの一つです。

※初めてこのルートをアタックされる場合、天候が悪い日はお勧めできません。先ずは好天が続く日を選び、慎重を期してチャレンジされることを願います。
ルート例を目指すまでには多くの登山経験が必要です。ガイドブックでの「上級者ルート」を難なく歩ける自信がついた上で上記ルート例を試し、満を持してジャンダルムをアタックしていただきたいと思います。

混雑が予想される日を避けてのプランニング

梅雨明け後、積雪前の3連休。例外なく混み合う時期となります。特に穂高岳界隈では例年全国からの登山者が集結。山小屋は大変混み合います。

できれば平日、又は平日を挟んだ日程でアタックすることをお勧めします。

◆不適期
・お盆休みの週
・9月の3連休

◆適さない理由
前泊地となる西穂高山荘は例年大変混み合います。個人客に限らず登山ツアー客も大挙して押しかけます。好天の連休であれば1枚の布団に2人以上。年によっては3人で睡眠をとる、といったことも珍しくありません。
このような混雑期に体調を整え良質な睡眠を確保することは余程の猛者でもない限り困難。
できれば1日、2日、連休をずらしてでも空いた日程で計画を立てることをお勧めします。

ちなみに、1枚の布団で2.5人の場合、両肩をついての睡眠は不可能です。片側の肩のみを布団に接した状態での就寝です。夜間トイレに行ったりすれば、自分の自分の睡眠スペースが消滅していることがあります。その場合は人と人の間に刷り込むように入らざるを得ません。

「一睡もできなかった」であれば、他の準備を整えて挑んだとしても、登山者の持っているポテンシャルを十分に活かし切ることは困難といえるでしょう。睡眠不足からくる 高山病の発症もあり得ます。

西穂山荘のテント場。夜明け前に東京を出発しても到着時にはこのような日も多い


無補給登山トレーニング

途中に山小屋がない。ということは無補給で10時間の行程を走破できなければなりません。食料、ビバークセット、数kgに及ぶ水分。途中の補給ができないとなれば全てを担いでの縦走となります。

事前トレーニングの際には途中に山小屋があっても補給をしない形で10時間のロングトレイルを何度も繰り返してみてください。

また、補給だけでなく排泄問題も。10時間、一度もトイレに行かずに縦走を完遂することはほぼ不可能です。「花摘み」や「雉打ち」ができない状態で挑むことも、お勧めできません。メンタル面でのリスクがあります。
性別問わず、これら排泄問題を気にしない経験を持ち合わせる必要があります。

「踏み跡」を踏み外さないスキル

登山に慣れている人は、不明確な踏み跡もよく見えます。普通の人なら踏み外してしまう時でも、ルートファインディング力のある人は多くの登山者が歩いた踏み跡を間違えることなく歩き続けることができます。

「いつも誰かの後について行ってる」だけではこのスキルは身に付きません。ジャンダルムを目指すまでに、多くのルートをトップで歩き続けてみてください。多くの先行者が連なるメジャールートだけでなく、先行者が見当たらない、又はひとけの少ないルートを率先してトップで歩いてみてください。そうすることで、踏み跡を見極めるスキルが高まり、初中級者では浮かび上がることの無い正しいトレースが見えてきます。

ルートファインディング能力を高めた上で、岩稜帯ルートも多く経験してみてください。穂高岳、槍ヶ岳、劔岳といった岩稜帯特有のルートに馴れ親しむことが成功確率を高めます。

落石を起こさない登山

腕を多用しない足で歩くルートではあまり意識することはありませんが、西穂~奥穂縦走ではもろい ガレ場・ ザレ場が多く存在します。

大きな岩やスラブに細かい浮石や瓦のような平たい石が数多く堆積しています。縦走中は各所で「ラーーーーーーック」と、落石が発生した際の警告の声が鳴り響きます。落石に当たらないのはもちろん、落石を起こさない技術も必要です。

どの場所に足を置くか。ガレ場・サレ場を歩く時の歩き方( フラットフィッティング)、時につま先に全体重を乗せ垂直に登下降。

また、落石を起こした際に躊躇なく「ラーック」の声を発する。これもまた繰り返し練習が必要です。

登攀トレーニング

縦走中は腕を多用します。脚力に比べ腕力は非力。懸垂はできても十数回。スクワットなら百回以上もできます。
腕を使いすぎれば簡単に腕がパンプし、パフォーマンスは落ち、コースタイムも遅くなります。
そこで、腕を使う場所でも極力腕力に頼らず、脚力で登る必要があります。

効果的なトレーニングとしては、インドアクライミングジムでボルダリングをたしなむことです。

難度の高い課題に挑戦する必要はありません。ガバの連続する初級の課題を腕力に頼らず三点支持で。

ボルダリング未経験者と経験者とでは、岩稜帯縦走の疲労度、コースタイム、安定感、どれをとっても差が出ます。

ジャンダルムよりも難易度の高い「馬の背」
基本に立ち返り三点支持にて確実に登る

最難関の理由を入念に調査

最難関とされるには理由があります。

その理由を調べる技術も不可欠です。
地形図を見ただけでは想像ができません。
書籍、ネット、動画、地図。今ある情報のすべてを検索し、バイアスを排し、客観的なデータを元に難易度を調べ上げてみてください。

どこまで調べれば良いのか?

「今の自分はこのルートを歩いたことは無くても、安全に確実に踏破することができる」という確信が持てるまでです。

「私はジャンダルムに行けますか?」という質問を受けることがありますが、私は「やめた方が良い」と即答します。登れると判断できないということは調査不足しているからです。調査力は十分でも本人の経験(技術・体力)が不足していると認識していればそのような質問はしませんし、登れると認識している方であればそのような質問はしない、という理屈です。

地形図上では岩・崖の記号が多い

多くの人が憧れるルート

多くの登山者の方から「目標の山」を聞いてきましたが、ジャンダルムを口にする方も多くいらっしゃいます。

一方、ジャンダルムは遠い目標とするだけで、いつ登るかも実際に登るかもわからないという声も。

このルートを踏破したら、次は点線ルートではない「無線」ルート。正真正銘の「バリエーションルート」を目指すことになります。

拙速は避け、一般道を十分に堪能し、経験を積んだ上で挑んでいただきたいと思います。